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な対応をする場合には、その対応の根底にある法的な根拠(legal base)というものが一体いかなるものであるのかということを理解できるということが非常に必要なわけである。

したがって、オンブズマンには法律家である人もあるいは法律家でない人もいるわけであるけれども、そのどちらであっても、それぞれが異なる状況の下でよきオンブズマンたることはできると思うのである。

もう一つ関心を持ったのが、川崎市の事案の統計的な面に関する話であって、今までに扱った件数のうち約40%が市民の方に有利というか、市民の立場を支持する形で解決がなされている反面、53%は行政庁の方に関わりがなかったというものであった。私自身の管轄権の中には様々な部門(部署)が統括されていて、政府の省庁、機関があり、病院があり、学校があり、地方自治体がある。それぞれの個々の条件をみてみると、刑務所もあれば大学もあるということで、それぞれは違うように思える。その統計の中に表れているものの個々のべースとなる条件は違うはずである。ただ、私の管轄の方でもいろいろみてみると、全件数の中の40%を少し超えるくらいが、やはり市民の利益を支持する形で最終的に解決がなされているということである。そして、大体同じような数字というか、状況がオーストラリアの他の地域においても、また、世界の他の地域においてもみられるのである。ということは、次のように言ってもいいのではないかと思う。つまり、オンブズマンという制度そのものが非常によく機能しているということを表すのみならず、行政もやはり非常によく機能してよくやっているのだということの裏付けではないであろうか。

最後にもう1点、平松先生に心から「私もやはりそう思っている」と申し上げたい。様々な異なる制度について、それらを比較するということによって、非常に興味深い社会的な根本的な条件というものを示されたと思う。先程話されたように、個人主義を尊重する文化というものが確かにあるであろうが、余りにもすべてにわたってそれを解釈の根拠にするということはできないと思う。事実、オーストラリアのオンブズマン制度においても、やはり一番肝要な点は、公共の利益(public interest)に資するかどうかという点である。オンブズマンが意思決定をする際には、一方に個々の利害があり、他方に公共の利害がある。その間の均衡を確実にとるということだと思う。わが国のあらゆるレベルにおいて一つの強い傾向としてみられるのは、何らかの紛争が起こった際には、そのより効果的な解決方法として、仲裁に訴えるということがよくとられるようになったということである。

最後に申し上げたいのは、先程の話でも触れたことであるが、オンブズマンとしての判断をするときに土台になっているのは、法的な規範を考慮に入れるということもあるが、それと同時に道徳的な規範(moral norm)であるということである。そして、そうした規範というのは一体どこから生まれるのかといえば、これはとりもなおさず一般の社会の人々が抱く規範に他ならないのである。したがって、オンブズマンが自分で恣意的に「これはこうしてもいいのではないか」というように、ただ単に個人としての資格で規範を考えるものでは決してないということである。

 

 

 

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